ヒトの一次運動野については、1954年にPenfieldとJasperにより無麻酔の開頭術中に脳表を電気刺激すると刺激部位に一致した運動を誘発でき、機能を同定できることが明らかにされました。しかしながら非侵襲的な大脳電気刺激は頭蓋骨が高い抵抗を持っているためにその当時は不可能でした。
1980年に MertonとMortonにより、経頭蓋電気刺激法が開発され、非侵襲的な大脳刺激を行うことによって複合筋活動電位(MEP)を測定する方法が可能となりましたが、1000V以上の高電圧刺激を用いる必要があり被験者に苦痛を与えるため、あまり普及しませんでした。
1985年にBarkerらにより、世界で初めて経頭蓋大脳磁気刺激の公開デモンストレーションが行われ、参加者に一大センセーションを巻き起こしました。その後、磁気刺激装置は、痛みを伴わない非侵襲的な刺激法として広く普及し、中枢運動神経系の診断及び神経伝達の基礎研究として全世界で使用されてます。平成14年4月からは磁気刺激による中枢神経刺激の誘発筋電図検査として400点の保険請求が新規に認められました。また、近年様々な治療応用への関心が高まっています。
本書は磁気刺激法についてわかり易くまとめたものです。これから磁気刺激検査法を始められる方々のお役に立てていただければ幸いです。
本書の作成にあたり、福島県立医科大学神経内科教授宇川義一先生にご監修をいただきました。
2012年5月
株式会社ミユキ技研マーケティング部
図1 ファラデーの電磁誘導の法則
磁気刺激はFaradayによって発見された電磁誘導の法則に基づいています。彼は最初環状の鉄芯に2つのコイルを向かい合わせて配置し、一次側のコイルに電流をオン、オフすると、二次側のコイルに瞬間的に電流が流れることを発見しました(図1a)。その後二つに並べた空芯コイルによっても同様の現象が起こることを発見しました(図1b)。この実験は時間的に変化する磁場よってのみ電流が誘導され、その誘導電流の向きは一次コイルの電流と反対方向に流れることを示しました。磁気刺激法の原理は、図1bと基本的に同じで、一次側のコイルに刺激コイル、二次側のコイルに生体組織が相当します。つまり刺激コイルは生体組織と電気的に絶縁されています。
磁気刺激装置によって発生した電流パルスは刺激コイルを流れて放電します。コイルに流れた電流によって磁場が発生します。この磁場は生体の電気的特性の影響を受けず、また骨や軟部組織、衣服や空気さえも通過します。さらに磁場によって生体組織に電場が誘導されます。この誘導電場が、コイルに流れる電流とは逆方向に生体組織にイオン電流(渦電流)を流させ、神経膜に脱分極を生じさせ、活動電位が発生します(図1c)。
以上のように、磁場自身は生体組織を直接刺激するものではなく、誘導電場による渦電流が生体組織を刺激します。一言で言うと、渦電流による電気刺激ということです。
磁気刺激は禁忌事項があり、心臓に対する直接の刺激、ペースメーカー等の電気的生命維持装置やインプラントの使用者、てんかんの既往歴のある被験者、重篤な心疾患のある被験者など医師が適当でないと判断した場合は行ってはいけません。
クレジットカード、携帯電話、コンピューターなどは損傷する恐れがあるため、刺激コイルから1m以上離す必要があります。
現在、主に使用されている装置は、単発、モノフェイジック(図3)の磁気刺激装置です(図2)。この方式は一回の刺激で神経の走行に沿って流れる電流が一方向なので、検査に最適です。
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図2 磁気刺激装置 マグスティム 200スクエア
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図3 モノフェイジック波形の磁場(実線)と電場(点線)
図4 2連発磁気刺激装置バイスティムシステム
前述した磁気刺激装置2台と出力中継機を組み合わせることにより、一本のコイルから2台の磁気刺激装置の出力を2連発出力することが出来ます。刺激間隔は1ms~1000ms間で設定でき、刺激出力強度もそれぞれの磁気刺激装置より、個別に設定できます。この装置により、後述する脳の興奮性、抑制性のメカニズムの検査が行われています(図4)。
本装置は、最高50Hzまでのバイフェイジック波形刺激(図5)を行うことが出来ます(図6)。
コイルに流れる電流が双方向なので、刺激される神経が多くなるため検査には向きません。主に後述する治療に使用されています。
高頻度磁気刺激法は反復磁気刺激法に包含されますが、その定義は「同一部位を2発を超えて1Hzを越える周波数で刺激するもの。」としています。
高頻度磁気刺激法は、痙攣発作誘発の可能性があり安全性がまだ確認されていません。国内では、「磁気刺激法に関する委員会」から、「経頭蓋的高頻度磁気刺激法の安全性と臨床応用」に関する提言が出ています。
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図5 バイフェイジック波形の磁場(実線)と電場(点線)
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図6 磁気刺激装置 マグスティム ラピッドスクエア
「経頭蓋的高頻度磁気刺激法の安全性と臨床応用」に関する提言
単発刺激、2連発刺激による検査に関しては、安全性に問題がないと10年以上の経験から結論されています。それに加えて、反復磁気刺激については、以下の提言が出されています。
「経頭蓋磁気刺激に関する提言」(2012年)
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1 反復磁気刺激のヒトでの応用
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1)反復磁気刺激を実施する場合、当該施設での倫理委員会の承認を得る。
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2)対象者に研究の説明を十分に行い、インフォームドコンセントを書面で得る。
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3)実施者の責任で行う。
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4)刺激パラメータに関しては、以下の論文の基準にのっとり施行することをすすめる。
(Clin Neurophysiol 120:2008-2039, 2009 臨床神経生理学39(1):34-45,2011に要約が記載されています。)
刺激回数に関しては、安静時運動野刺激閾値以下の強度で、1Hz以下の頻度の場合、一週間にトータルで15000回の刺激を上限として施行する。
シーターバースト刺激や4連発刺激などいわゆるpatterned rTMSに関しては、経験年数や施行施設が少ないために、具体的な数字を提言できないが、暫定的に一週間に受ける刺激パルスの数だけは、15000発を超えないことが望ましい。
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2 治療としての反復磁気刺激の患者への応用
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1)患者への利益と危険のバランスを考えて治療を施行すべきである。
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2)刺激実施時点での国際的文献の知識とそれまでの経験を踏まえて、刺激パラメータを設定する。
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3)当該施設での倫理委員会の承認を得て、対象者にインフォームドコンセントを得てから行なう。
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3 予期しない事象が発生した時は、従来通り日本臨床神経生理学会の事務局に連絡をする。
図7a 刺激コイルの種類
図7b 円形コイルとダブルコイルの誘導電場強度分布図。
現在一般的に用いられている刺激コイルは円形コイル、ダブルコイル、ダブルコーンコイルの3種類です(図7a)。円形コイルは中心直径が90mmのもので、コイル直下で誘導電流密度が最大となります。固定が容易ですが、広範囲の刺激になります。ダブルコイルは中心直径が70mmの円形コイルを2つ同一平面上で8の字型に並べたもので、8の字の交点に向かって電流が流れます。この交点直下で誘導電流密度が最大となり、固定が難しいですが、限局した刺激が可能です(図7b)。ダブルコーンコイルは中心直径が110mmの円形コイルを8の字コイルと同様に2つ並べたものですが、平面でなくコイル同士のなす角度が約95°です。下肢運動野等の深部を刺激するのに適しています。
図8 MEP形成の機序
11)
単発、モノフェイジック磁気刺激装置で一般的に行われているMEP(motor evoked potential)とは、大脳の運動野を刺激して目的の筋肉から表面筋電図を記録する方法です(図8)。MEP形成の機序は以下のとおりです。電気刺激の場合、錐体ニューロンの軸索が直接刺激されることにより発生するD waveと、錐体ニューロンにシナプス結合している介在ニューロンが刺激されることにより発生する数発のI waveが錐体路を1.5~2.0ms間隔で下降します。これをmultiple descending volleysといい、これが脊髄前角細胞に達すると時間的加重を生じ、細胞膜電位が上がり、何発目かのI waveにより閾値を越えると前角細胞が発火し筋電図反応が出現します。磁気刺激の場合は渦電流の流れる方向に沿った介在ニューロンが刺激されやすいため、I waveが誘発されます。ただし非常に強い刺激では、D waveも誘発されます。
一般的にIwaveだけ誘発する磁気刺激のほうが、Dwaveも誘発する電気刺激よりも1.5~2.0ms遅れて筋電図反応が出現します。特に上肢の筋肉では、この傾向がはっきりとしています。
図9 大脳刺激部位(実線がコイル電流、点線が渦電流)
大脳運動野には身体各部位に対応する局在があります。上肢MEPの場合、介在ニューロンの走行はCzから6~7cm側方の点から前方に向かっているので、円形コイルのエッジ、又はダブルコイルの交点をそこに置き、コイルに流れる電流と逆向きに生体組織内に発生する渦電流の向きをその神経走行に合わせます。下肢MEPの場合は、円形コイルのエッジ又はダブルコイルの交点をCzの2cm後方に置き、渦電流がその点から刺激側の耳側に流れるようにします2, 3)(図9)。
前述した刺激部位で刺激をし、50%以上の確率でMEP振幅を誘発できる最低の刺激強度を運動閾値と国際神経生理学会では定義しています。これは運動野の神経細胞膜の興奮性を反映しているといわれ、刺激強度を決めるための重要な指標になります。閾値は、被験者が力を入れた時と安静にしている時では、力を入れた時の方が低いため(反応が出やすい)、安静時閾値(RMT)か収縮時閾値(AMT)かを必ず明記します。一般的にRMTでは50μV以上の大きさの反応をMEP出現と判定し、AMTでは100から200μVで陽性と判定しています。本来運動野の閾値はAMTを使用すべきですが、検査の簡便さからRMTを用いることも多いです。
刺激強度は装置とコイルの組合せによって違いますが、Magstim200スクエアと90mm円形コイルを組み合わせた場合、100%の出力設定で2.0テスラの強度になります。出力の%表示の値は直線的に変わりますので (この場合50%で1.0テスラ)、出力の%表示の値を刺激強度とします。
図10 Silent Period
被験者に随意収縮をさせて大脳運動野刺激をしたときにMEPが生じた直後から筋活動電位が抑制される時間が生じます。これをSilent Periodといい、脊髄、皮質両方の抑制機構を調べるための検査法になります。特に後半部は、大脳皮質起源のものと考えられています(図10)。
図11 CMCT
大脳運動野刺激のMEPの反応潜時は、運動野の神経細胞が興奮してから目的の筋肉が反応するまでの時間で、これから脊髄神経根を刺激してのMEPの反応潜時を差し引くと、運動野の神経細胞の興奮が脊髄神経根に至るまでの時間を求めることが出来ます。これをCMCTといいます。大脳運動野刺激は運動閾値の1.2~1.5倍の刺激強度で行い、脊髄神経根の刺激部位は、図12のように目的とする筋肉を支配する脊髄レベルの神経根が椎管孔を出る部位の上に円形コイルのエッジ又はダブルコイルの中心部を置き、渦電流が神経根の走行に沿って流れるようにします。脊髄神経根刺激の変わりにF波潜時から計算する方法もあり、計算式はMEP皮質潜時-(M波潜時+F波潜時-1)/2となります。
また、大脳運動野と脊髄神経根の間の伝導時間(CMCT)以外に、両者の間の脳幹を刺激する方法もあります。これにより、下降路伝導をさらに詳しく調べることができます14)。この刺激にはダブルコーンコイルを用います。正常値を表1に示しました。
右の計算式は被験者が安静にしている時のCMCTで、下段の計算式は被験者が随意収縮している時のCMCTです。このように随意収縮時は皮質潜時が短縮し、それに伴ってCMCTも短縮します
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図12 CMCT刺激部位
表1 正常者における主な筋のMEP潜時
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大脳皮質 (磁気刺激) |
大脳皮質 (電気刺激) |
脳幹 |
頚髄 |
腰髄 |
ECR |
15.8±1.1 |
14.2±1.2 |
12.1±1.0 |
7.8±1.1 |
- |
FDI |
20.9±1.3 |
19.2±1.3 |
17.3±1.2 |
12.1±1.2 |
- |
TA |
26.5±1.3 |
25.2±1.4 |
23.6±1.2 |
- |
13.5±1.8 |
FHB |
35.0±2.2 |
33.1±2.0 |
31.3±1.5 |
- |
20.8±2.0 |
平均±標準偏差,msec. 随意収縮時での記録 (宇川による) |
図13 MATSコイル
強力な磁気刺激を行える直径20cmの大型円形コイルで、腰仙部神経根磁気刺激が可能になります。
神経根刺激法は上肢では刺激装置の出力を上げることで充分な最大上刺激を行うことができ、椎間孔を出る部位で脊髄神経を刺激してCMCTを計測できます。しかし下肢においては、被刺激部位が深いために従来の方法では充分な最大上刺激が行えません。そこでMatsumotoらは、強力な誘導電流を発生させられる直径20cmの大型円形コイル(MATSコイルMagnetic Augmented Translumbosacral Stimulation coil 図13)を開発し、腰仙部神経根磁気刺激においても健常人の大半で最大上刺激ができるようにし、大脳皮質脊髄円錐部運動神経伝導時間(cortico-conus motor conduction time :CCCT)を測定することを可能としました20)。
また、このMATSコイルを用いることにより、従来不可能であった脊柱管内の馬尾起始部を刺激できるようになり、馬尾伝導時間(cauda equine conduction time :CECT)をも測定できるようになりました。
図14 CCCT測定におけるMEP波形の例
従来のCMCT(中枢運動伝導時間)は、皮質刺激(Cortex)によるMEP潜時から
椎間孔刺激(L5)によるMEP潜時を引くことで計算される。
CCCT(大脳皮質脊髄円錐部運動伝導時間)は、皮質(Cortex)のMEP潜時から
馬尾起始部刺激(L1)のMEP潜時を引くことで計算される20)。
馬尾伝導時間(CECT)も計算できる。
図15 Paired-Pulse TMSの波形
2連発磁気刺激装置を用いて、運動野を運動閾値以下の条件刺激と運動閾値以上の試験刺激の2連発刺激をした時の波形と、運動閾値以上の単発刺激した時の波形を比べることにより、条件刺激による運動野におきた変化を検査する方法です。2連発の刺激間隔が1ms~5msでMEP反応が減少し、6ms~20msでMEP反応が増大します。これは大脳皮質内の抑制、促通機構を反映しているといわれ、GABAやドーパミン、グルタミン酸が関与していることが知られています(図15)。
GABAを介した抑制系は大脳皮質に広く存在していて、大脳皮質での細かい調節に重要な役割を果たしていることが知られています。この方法でヒトの運動野でのGABA系の機能を評価できるようになったのは画期的なことで、この調節が傷害されると痙攣を起こしたり、おかしな不随意運動を起こしたりすることが推論されています4, 5)。
また、上記とは別の方法で、条件刺激と試験刺激両方とも閾値以上の2連発刺激を行うと1~1.5ms、3.0ms、4.5msでMEP反応が大きくなる促通効果が起こります。直接錐体細胞を刺激する2連発電気刺激で同様の刺激を行うと、最初の1~1.5msでは促通効果が起こらないことから、磁気刺激の1~1.5msでの促通効果は皮質内で起こっていると考えられました。あとの3.0ms、4.5msについてはIwaveの周期に同期した脊髄前角細胞レベルでの加重と大脳皮質内の機序の両方が関与していると考えられています。
2台の磁気刺激装置を用いて左右の運動野を刺激し脳梁を介した両側運動野の関連を見る検査、小脳を先行刺激し小脳と運動野の関連を見る検査法や、ダブルコイルを用いた運動野機能マッピング等がその他の磁気刺激検査法として行われています3)。
反復経頭蓋磁気刺激法(repetitive TMS)はrTMSと呼ばれ、刺激パラメータに依存し皮質のシナプス効率を増強あるいは抑圧させることが知られています。この性質を応用して様々な神経疾患や精神疾患の治療に向けての研究が盛んになりつつあります。
rTMSの分類には規則的に刺激する場合の、高頻度と低頻度の分類があり、1Hzを境にして1Hz未満を低頻度rTMS、1Hz以上を高頻度rTMSと分類しています。
さらに、不規則な刺激パターンを用いた刺激法の分類では、シーターバースト刺激、QPS刺激といった分類があります。シーターバーストはHuangによって初めて紹介されて、3種類の刺激パターンがあります16)。
QPS刺激は日本で開発された方法で、東京大学神経内科で最初に報告されています15)。
それぞれの刺激方法で生体にシナプス可塑性を誘導することが報告されており、低頻度刺激は抑圧的に、高頻度刺激は増強的に作用すると言われており、この性質を利用して治療に応用する研究が進められています。
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rTMSの分類
Conventional rTMS (規則的な刺激) |
|
高頻度rTMS(増強効果) |
|
低頻度rTMS(抑圧効果) |
Patterned rTMS (不規則な刺激) |
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Theta Burst Stimulation(TBS) |
Quadripulse Stimulation(QPS) |
Others |
Theta Burst Stimulation (TBS) |
|
Continuous TBS(抑圧効果) |
Intermittent TBS(増強効果) |
Intermediate TBS |
Quadripulse Stimulation |
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QPS (50ms) (抑圧効果) |
|
QPS (5ms) (増強効果) |
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図16 conventional rTMSとpatternd rTMS
図の左側は上段よりconventional rTMSの1Hz, 5Hz, 10Hz, 20Hzでの刺激例を示している。
右側はpatterned rTMSのtheta burst stimulation (TBS), quadripulse stimulation (QPS) を示している。
TBSにはcontinuous TBS (cTBS), intermittent TBS (iTBS),intermediate TBS (imTBS) がある23, 24)。
50Hz(時間間隔20ms)の3連発刺激を5Hz(時間間隔200ms)で与える方法で、5Hzが脳波でいうシータ帯域であることからシーターバースト刺激法(TBS)と呼ばれています。
刺激方法により興奮性と抑制性を引き起こすといわれております。
・間欠的TBS(iTBS: intermittent TBS)はシーターバースト刺激を2秒間行い、8秒間休止する方法で合計600パルス刺激を行うと運動野の興奮性が亢進します。
・持続的TBS(cTBS: continuous TBS)はシーターバースト刺激を連続的の行う方法で運動野の興奮性が抑制します。
・中間TBS(imTBS:intermediate TBS)はシーターバースト刺激を5秒間行い、10秒間休止するという方法でこれは運動野への影響を及ぼさないといわれています。
シーターバースト刺激の強度は随意収縮時閾値の80%で行われています。
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図17 シーターバーストの刺激方法
単相性(モノフェージック)の磁気刺激を一定間隔で4連発を5秒ごとに30分間与える方法で、QPS刺激の間隔が1.5~10msの場合にMEP振幅が増大し、30~100msでは振幅が小さくなります。しかも、その効果は60分以上持続すると報告されています。通常の反復刺激は二相性(バイフェージック)波形が用いられるのに対してQPS刺激では単相性刺激波形を用いるのが特徴で、単相性刺激装置を4台用いてパルスコントロール装置で刺激パターンを作ります29)。
末梢神経電気刺激と一次感覚運動野へのTMSを同期させた対刺激を繰り返すことにより、脳の可塑性変化を誘導する方法です。具体的には、手首の正中神経を電気刺激して約10~25ms後に対側のM1にTMSを行うもので、これを5~20秒間隔で繰り返し90~250回行います。これによりLTP/LTDの可塑性を誘導します。
手首への電気刺激後約25ms後にTMSを行うとLTP様の可塑性が誘導され、約10msまで短くするとLTD様の可塑性が誘導されます30)。
LTPとLTD
TMSによってヒトの脳内に誘導される可塑性(電気的な伝達効率が長期的に変化する現象)は、
主にシナプス部位での可塑性だといわれています。
このシナプス効率が上昇することをLTP(Long-Term Potentiation:長期増強)といい、低下することをLTD(Long-Term Depression:長期抑制)といいます。
①TMSと脳波
一次感覚野あるいは視覚野を磁気刺激した後の100ms~300ms後に現れる大脳誘発電位を記録する方法です。事象関連電位と同様に複数の起源から発生した電位の総和といわれています。被験者の協力を必要としないので、意識障害時あるいは脳死の大脳皮質機能評価に期待されています6,25)。
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図21 TMS/EEG
磁気刺激直後の脳波の変化を記録します。特に刺激直下の脳波を刺激直後から記録するために、ダイナミックレンジが広く高いサンプリング周波数で収録できる脳波アンプが必要です。
②TMSとNIRS(光トポグラフィ)
磁気刺激による様々な部位での脳血流変化を研究する目的で運動野を1Hz以下の低頻度で磁気刺激し、NIRSを用いて対側運動野のヘモグロビン濃度変化を同時計測する方法や、特殊なコイル(NIRSコイル)を用いて、刺激直下のヘモグロビン濃度変化を同時計測する方法があり、磁気刺激における単時間の血流変化の研究に用いられています(図22)7, 26)。
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図22 TMS/NIRS
磁気刺激直後の脳血流変化をNIRSを用いて記録するために特殊なNIRSコイルを用います。
③TMSとMRI
MRIを用いて磁気刺激による脳血流変化を計測するもので、MRI画像に影響を与えない特殊なコイル(MRIコイル)を用いて行われます。磁気刺激装置はMRI室外に設置しなければならないために、MRIコイルのリード線をおよそ7~9mほど延長します。この延長により磁気刺激強度は約15%程度減衰します。
また、コイルは動かないように非磁性体材料によって作成された、コイルホルダによってしっかり固定されなければなりません(図23)22)。
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図23 TMS・MRI
MRI室内でコイルを固定するために非磁性体の固定具が必要で、MRI対応コイルを用います。
パルスタイマーを使うことにより様々な刺激パターンで刺激を行うことができます。
回数を指定した連続刺激、2連発刺激、QPS刺激、シータバースト刺激、また、磁気刺激と他の刺激を組み合わせる場合もパルスタイマーが必要になります。
2連発やQPS刺激は複数台の磁気刺激装置が必要になります。
図24 磁気刺激ナビゲーションシステム
赤外線カメラを用いてコイルの位置を3次元的にリアルタイム表示します。
解剖学に正確な位置に刺激でき、再現性の良い刺激が可能になります。
磁気刺激は非侵襲的な方法で局所的に脳を刺激できることから、予め刺激する場所を決めて刺激できないかという要望が出てきました。そこで既に実用化されていた脳外科用手術ナビゲーションシステムを応用して、刺激コイルの位置をリアルタイムに誘導する方法が考案されました。本邦では2004年に東京大学の宇川らが、脳外科用の手術ナビゲーションシステムを一部改造し、磁気刺激コイルナビゲータとして利用を始めました。その後、カナダのRogue Research社によって本格的な磁気刺激ナビゲーションシステムが発売され、現在では数社が販売を行っています(図24)。
このナビゲーションシステムを使うことにより、解剖学的な機能局在位置に正確に刺激を行うことができ、手指を1指ずつ刺激することも可能になりました。また、刺激した位置をMRI画像上に記憶できるので、同じ位置に繰り返し刺激を行うことも可能になりました。
①うつ病
うつ病患者は左の皮質興奮性が右に対して低い非対称性があり、皮質興奮性を一過性に高める5~20Hzの高頻度磁気刺激を左の外側前頭前野に与える治療法が主流です。ただし皮質興奮性を一過性に低下させる1Hz以下の低頻度磁気刺激を右の外側前頭前野に刺激し、有効性を示した報告もあり、左右どちらが効果を得られるか研究中です。また、磁気刺激による運動閾値や2連発刺激法を用いて興奮性を検査し、治療効果の判定に用いる試みも行われています8,9,31)。
②パーキンソン病
平成13年より厚生労働省班研究として「脳磁気刺激による神経難病治療法の開発に関する研究」がスタートし、パーキンソン病に対する磁気刺激の有効性を検討しました。方法は0.2Hzの低頻度磁気刺激を100回行い、同様のSham刺激と比較しました。結果は磁気刺激、Sham刺激両方とも効果があり、有意差は確立されませんでした。しかしその後「補足運動野連続刺激による大脳基底核疾病治療の開発」、「反復磁気刺激によるパーキンソン病治療の確立」の班研究により、5Hzの補足運動野刺激がパーキンソン病に有効な事が示されています17)。
③脳血管障害
脳卒中片麻痺の改善を目的に大脳運動野を磁気刺激するという研究で、障害側運動野を高頻度で刺激する方法や、非障害側運動野を低頻度刺激する方法が研究されています。また、電気刺激と組み合わせた磁気刺激法(PAS法)の研究もあり、今後の研究に期待が持たれています18,19,30)。
④尿失禁
刺激強度55%、15Hz、30分間(5秒刺激、55秒インターバル)で仙骨部に高頻度磁気刺激を行い尿失禁治療を行う研究が行われております12)。現在薬物療法、手術療法や埋め込み電極による理学療法等が主に治療法として行われていますが、非侵襲かつ手軽な治療法として期待されています。
⑤難治性疼痛
難治性疼痛には、硬膜下電極による運動野刺激が治療法として用いられています。非侵襲的に同様の治療が運動野連続磁気でも可能かどうかが検討されています13) 。
⑥その他
その他高頻度磁気刺激法により治療効果の期待できる病態は、随意運動障害、脊髄損傷後の痙性麻痺、てんかん等があります10)。
①熱
頭蓋内に脳動脈クリップやDBS電極が留置されている場合は発熱する可能性があります。頭蓋内金属がチタンの場合は熱は発生しにくいです。脳波電極を装着している場合も発熱に注意する必要があります。その場合はポイント電極など特殊な電極の使用が望まれます。
②磁場による力
TMSは頭蓋内金属に対して磁場による力を発生させ、それらを移動させる可能性があります。チタンではその影響を受けにくいとされています。
③生体内金属に誘導される電圧
DBSなどの生体内金属を有する環境でTMSを行った場合に、誘導する磁場が生体内金属に弱い電圧を発生する可能性がありますが、有害になるほどの電圧は考えにくいとされています。しかし、DBSの植え込み型刺激装置は、10cm以内で刺激を行うと一時的に障害を起こし、2cm以内では壊れてしまいますので禁忌です。人工内耳に対する安全性のデータはありませんが、理論的には安全とは言えずやはり禁忌と言えます。
④電極を埋め込まれた患者でのTMS
主に、硬膜外電極(大脳皮質、脊髄)、DBS電極、末梢神経・脳神経電極(迷走神経刺激電極など)が対象となりますが、十分離れた距離で刺激する場合には概ね安全と考えられますがエビデンスは充分ではありません。止むを得ない場合のみ、倫理委員会で慎重に必要性を検討してください。
⑤被験者及び患者に対する磁場の暴露
単発のTMSによる磁場の暴露は、磁場の発生が一瞬であるため、生体には影響しない考えられています。rTMSでは高い刺激強度、刺激回数に対する安全性に配慮は必要と考えられますが、今後前向き研究が必要と考えられています。
⑥検者に対する磁場の暴露
rTMSの検者に対する磁場の安全性に対するエビデンスはありませんが、コイルから少なくとも70cm以上離れてTMSを行うことが望ましいとされています。
①聴力低下
rTMSの音は140dBを超えるとも言われており、聴覚系の推奨される安全レベルを超えています。それ故、(i)耳栓の使用(ii)聴力低下、耳鳴、耳閉感があれば直ぐに検者に報告する(iii)アミノグリコシド、シスプラチンなどの聴覚障害を起こしうる薬剤を用いている患者に対しては、TMSをなるべく控えることが推奨されています。また、人工内耳の患者にはTMSは禁忌です。
②TMS後の脳波への影響
Conventional rTMSでは、高頻度では脳波の賦活化が、低頻度では脳波の抑制が見られるという報告が多く見られます。このようにTMS後に脳波への影響は確かに存在し、症状として表れないものでも検出しています。影響の持続時間は概ね1時間程度とされていますが、さらなる調査が必要とされています。また、QPSの安全性に関しても、推奨パラメータでの安全性が報告されています21)。
③痙攣
痙攣は、rTMSの最も重篤な有害事象ですが、ガイドラインを遵守して行えば痙攣を引き起こすリスクは少ないと考えられています。しかし、てんかん患者に対するTMSの場合には、脳波モニタリング、刺激されている領野の拡大の有無を見るための筋電図モニタリング、また可能ならばビデオ記録が必要とされています。
④失神
血管迷走神経反射による失神は、TMSの有害事象として痙攣よりも頻度が多い可能性があり、これは不安や精神的、身体的不快感が起因していると考えられています。しかし、失神と痙攣のエピソードの鑑別は難しく、意識障害からの回復時間が鑑別に有効とされ、心電図、脳波、ビデオ記録の必要性が言われています。
⑤局所痛、頭痛、不快感
単発のTMSでは、痛み、不快感が出現することは少なく、rTMSではそれらがより出現しやすいと言われています。これらの症状は決して無視できるものではありませんが、rTMSを中止せざるを得ない場合は少ないようです。
①TMS・rTMSの絶対禁忌
刺激部位に近接する部位に、金属(人工内耳、ペースメーカー、DBSなどの体内刺激装置、投薬ポンプなど)を有する患者。
②痙攣のリスクが高いあるいは不明なもの
新しい刺激方法のrTMS、安全基準を超える高頻度のconventional rTMS、てんかんの既往、頭蓋内病変の既往、痙攣閾値を低下させる薬剤の内服歴、睡眠不足、アルコール依存。
③痙攣以外のリスクが高いあるいは不明なもの
埋め込まれたDBS電極、妊娠、重篤な心疾患を有する患者。
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2014年4月7日 改定