てんかん診断における脳波の重要性は言うまでもありませんが、発作像からも重要な情報が得られます。そのために先人たちは様々な工夫をして脳波と発作像の同期収録を試みてきました。ここでは、その技術的な発展について振り返ってみたいと思います。
- 1.MNIで開発された初のシネマ式システム
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てんかんの発作分類は1941年Jasperによってはじめて行われ、その分類の基準は発作像が中心でしたが、臨床の場においてはどうしても脳波で発作波を確認する必要がありました。そのため、1949年にモントリオールのMNI(Montreal Neurological Institute)で研究を行っていたHunterとJasperが16mmシネマフィルムを用いた方式を開発し、脳波と患者画像との同時記録を世界で初めて報告しています。(図1)
図1.モントリオール神経研究所(MNI)で開発された、
世界初の脳波と患者増の同時記録シネマシステム
(Stewart,Jasper,Hodge:Clin.Neurophysiol.1956)
このシステムの原理は、ミラーを3枚組み合わせて患者像と脳波をバランス良く1枚のミラー面に入るように調整して、そのミラー面をシネマカメラで撮影するという方法でした。 しかし、シネマフィルムを用いたために収録した映像を再現するには現像が必要で、診断に利用するにはかなりの時間と労力がかかっていたようです。1),2),3)
- 2.日本ではビデオカメラ式システムを日本光電が発売開始
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その後、1970年後半になりビデオカメラが登場し、被験者像と脳波計の記録紙を2台のカメラで撮影し映像合成器で1つの画面に合成した後、ビデオテープに収録する方法が開発され、日本では日本光電が1976年に静岡てんかんセンターの指導を受けて国産化しました。(図2.図3)
図2.日本光電が1976年に静岡てんかんセンターの指導を受けて国産化した国内初のシステム。
図3.その後、日本光電からOVP1000として発売された。1983年
ビデオテープに収録することで現像する手間もなく、てんかんを専門とする施設で普及していきました。しかし、この当時はビデオ収録の規格が統一されておらず、施設によって異なる方式のビデオデッキが使用されたり、高解像度の高価なシステムを使っていたため、学会発表での閲覧では苦労した時代でもありました。また、記録紙上の脳波をカメラで撮影したことから脳波は画像でしか残せなかったために、後に開発されるデジタル脳波計の登場まではリモンタージュすることもできず、記録した脳波しか見ることができませんでした。
- 3.EEGフォーマッタ技術により脳波をビデオ信号に変換
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1980年後半になると脳波信号と映像信号をビデオ信号に変換するためのEEGフォーマッタが開発され、脳波をカメラで撮影する必要がなくなりました。また、脳波信号をPWM変調方式を用いて音声トラックにも収録し、復調器でアナログ信号に戻して脳波計で再生することも可能になりました。
図4.EEGフォーマッタを用いたビデオ脳波システム
左:日本光電 OVP2100 右:NEC三栄 EE11-120
1989年頃には、このEEGフォーマッタを用いたシステムはビデオモニタリングシステムとして日本光電とNEC三栄によって販売され、かなり普及していました。(図4)
一方、この当時海外では音声トラックに収録する脳波をリファレンス誘導で収録した後、その脳波をコンピュータに取り込み、後からモンタージュを自由に変更できる装置が開発されていました。これがいわゆる現在のデジタル脳波計の基礎となる方法で、ビデオテープに収録された脳波とビデオの同期再生ができる装置として普及していました。その代表的な装置がTelefactor社の「beehive」とNicolet社の「BMSI」という装置でした。(図5)
Telefactor社のbeehiveはアメリカのNIH(National Institutes of Health) の技師であったJim Bryan氏が設計し、その後も同社で改良を重ね、脳波の収録をビデオテープだけでなくデジタル媒体(当時はJazという媒体)にも収録するという装置に改良されていました。
この技術にいち早く目をつけ、日本に導入しようと静岡てんかんセンターの清野先生とNIHのSATO Susumu先生がミユキ技研に輸入代理を委ねられました。こうしてミユキ技研は両先生のご希望によりTelefactor社と1997年に交渉を始めましたが、すでに国内でNicolet社の筋電計が広く使われていてブランド力があったことと、なによりbeehiveよりBMSIの方がデジタル化の技術が一歩先をいっていたことから、今後の日本市場を考えてNicolet社のBMSIの導入に切り替えました。
図5.北米を中心に広まったリモンタージュのできるビデオモニタリング装置。
BMSIは日本でも使用された。
左:Telefactor社 beehive 右:Nicolet社 BMSI
- 4.スパイクと発作の自動検出プログラムがビデオモニタリングに組み合わされた
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てんかんのモニタリングでは長時間記録を行う必要があり、ビデオデッキを複数台連結して自動的に収録デッキを切り替える技術が確立され、昼夜記録や数日の連続記録もできるようになり、また、ビデオ画像の精度も向上し、高速再生などを用いて迅速なビデオ脳波解析が可能になりました。しかし、それに伴ってビデオテープの管理が煩雑になり、またビデオテープの寿命の問題もあり、てんかんを専門とする先生や技師さんの大きな負担となっていました。
この当時は脳波検査用として本格的なデジタル脳波計が普及し、リファレンス誘導での記録によって後からモンタージュを変更できるようになり、脳波の解析技術は向上しましたが、患者像の記録はしばらくの間ビデオテープ方式が用いられており、脳波と画像の検索同期再生には時間がかかっていました。この当時私は留学先のNIHとトロント小児病院で、てんかんモニタリング技術の勉強をしていましたが、ビデオ脳波の解析において、日本と北米の先生の間で、アプローチの方法が異なっていることに気が付きました。具体的には日本ではビデオ再生で発作を見つけその後でその時間の脳波をみて解析する、北米では脳波から発作を探して次にその時間のビデオをみるという違いです。この当時、北米ではSpikeや発作の検出ソフトが普及しており、MNIのGotman先生が開発したソフトやPersyst社のWilson氏が開発したソフトが臨床での有用性が認められ、多くの施設で使われていました。そのために脳波から発作を検出する方が効率良いと判断され、脳波で発作を探す方法が優先されました。一方、日本ではビデオ画像と患者のイベント記録から発作を探す方法が優先されていました。
後に日本光電はGotman 方式のソフトを導入し、NEC三栄はPersyst社のソフトを導入しましたが、日本のビデオ優先は変わることはありませんでした。現在は世界各社の脳波計にPersystが組み込まれ、ソフトウエアによるスパイクや発作の自動検出を行うビデオ脳波記録が普及しています。日本ではミユキ技研がPersyst社のプログラムを販売し、多くのてんかんセンターに導入され使用されています。(図6)
図6 スパイクと発作の自動検出と各種トレンド表示ができる脳波解析プログラム
Persyst P14
- 5.デジタルビデオの普及によりコンパクトなビデオモニタリングが実現
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2000年代になるとデジタルビデオ技術が脳波計にも採用され、パソコンの中にビデオ画像と脳波を同期してデジタル収録ができるようになったことで、コンパクトなデジタルビデオ脳波計が現在普及しています。(図7.図8)
このように、脳波とビデオ画像がデジタル収録され同一フォルダに保存がされるため、ネットワークを介しての判読も容易となり、てんかんモニタリングユニット(EMU)の普及を助長しています。また、北米を中心にクラウドを利用した遠隔脳波診断も普及してきており、ビデオ脳波はてんかん脳波を中心に一般化されています。
図7:2000年初期のデジタルビデオ脳波計
左:Nicolet社 BMSI6000 右:日本光電
図8:現在販売されているデジタルビデオ脳波計
左:GADELIUS社 natus 右:日本光電 EEG1200
- 6.最後に
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日本におけるビデオ脳波の沿革についてまとめましたが、当初のシネマを利用した方法と現在のデジタルビデオ技術を比較すると、その技術進歩には隔世の感があります。また、北米の技術に追いつこうとした医師や技術者の努力も書き留めておきたいことでした。特に日本光電の取り組みは日本におけるてんかんモニタリング普及に大きな貢献がありました。また、当時の製品情報や写真を快くご提供いただいた日本光電の宮原隆彦氏はじめ関係者の皆様に深く感謝申し上げます。
2021年7月 文責 白澤厚
参考文献
1) Hunter J, Jasper H.H: A method of analysis of seizure pattern and electroencephalogram. A cinematographic technique.1949; Electroencephalogr Clin Neurophysiol.1.113-114
2) Stewart L.F, Jasper H.H, & Hodge C: Another simple method for the simultaneous cinematographic recording of the patient and his electroencephalogram during seizures.1956; Electroencephalography and Clinical Neurophysiology.8(4): 688–691
3) 渡辺英寿:集中監視法:てんかんの外科:真柳佳昭,石島武一監修,メディカル・サイエンス・インターナショナル.東京.2001, ,109-120